金の切れ目が縁の切れ目、妻をサラ金へ行かせた情けない私

金の切れ目が縁の切れ目とはよくいったものでまさに絵に書いたように離婚することになってしまいました。

私が親から店を引き継いだのは、今から20数年前、頑張り次第でなんとかなると当時のつまと二人三脚で飲食店をやることになりました。

専業主婦で夫を家で待つ、そんな生活に憧れていた妻の夢は、結婚した翌日から崩れ去り日々朝から夜中までずっと店での勤務が続きました。

それでも嫌な顔ひとつ見せず、献身的に支えてくれる妻に、感謝の言葉しかでませんでした。

店は妻の作る創作料理と当時流行っていた各地の地酒を入手することができたなどでかなり順風満帆に進んでいました。

お昼はランチタイム、夜は居酒屋と毎日毎日フルタイムで働いて、日曜日はどこにも出かけずひたすら一日寝る、そんな何年かが過ぎていきました。

最初はうまくいってた経営も不況の波ともにだんだんと難しくなってきていて売上も全盛期の半分以下になってきていました。

「もうそろそろ、考えたほうがいいんじゃないか」という妻の声もありましたが、いつかなんとかなるという私を信用して、それからもついてきてくれました。

お金も借り尽くし、ついに妻にサラ金へ行かす始末、たぶん、武富士だったかと思いますがはじめての経験で妻は怖かった、二度と体験したくないと泣いていました。

それから数年して、私は破産宣告、妻との生活もピリオドとなりました。

このブログ記事について

このページは、adminが2014年7月13日 09:20に書いたブログ記事です。

ひとつ前のブログ記事は「母子家庭になったときにお金をかしてくれた姉」です。

次のブログ記事は「就職準備で必要になった10万円」です。

最近のコンテンツはインデックスページで見られます。過去に書かれたものはアーカイブのページで見られます。

カテゴリ

ウェブページ

Powered by Movable Type 4.27-ja